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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2137号 判決 1964年6月30日

申請人 森田久夫

被申請人 サンウェーブ工業株式会社

主文

被申請人は、申請人に対し、昭和三六年六月分以降本案判決確定の日にいたるまで、毎翌月五日限り、一箇月につき、金二〇、六三六円の割合による金員を支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、主文第一、第三項同旨及び「申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、申請人は、昭和三四年四月、ステンレス製家庭炊事用具等の製造販売を業とする被申請会社に雇傭され、塗装工として同社戸田製作所の塗装部門(第一製造部第二工作課第一一班)に勤務し、養成工としての試傭期間を経て、同年一一月工員(被申請会社における従業員の身分上の呼称)となつたものであるが、被申請会社から、昭和三六年四月二六日、申請人が、申請人を工員から準職員(前同様の呼称)に昇格し、現場日程係に昇任する(以下、本件昇格等という。)との被申請会社の人事異動の発令に従わなかつたことを理由に、就業規則第五七条第四号、第五八条第五号による懲戒解雇の意思表示(以下、第一次解雇という。)を受け、更に、同年五月一五日、同じ理由で、同規則第二三条第九号による普通解雇の意思表示(以下、第二次解雇という。)を受けた。

二、しかしながら、第一次及び第二次解雇(以下、総称して、本件解雇という。)は、次に述べる理由によつて、無効である。

1  本件解雇は、不当労働行為である。

(一) 申請人は、昭和三四年一一月、工員になると同時に、被申請会社の従業員をもつて組織されるサンウエーブ工業労働組合(以下、組合という。)に加入し、昭和三五年四月、執行委員長に選出された。当時、組合役員中には、係長、主任、班長、伍長などの役付の者が多かつたため、組合は御用組合でしかなかつたが、申請人は組合のこのような状態を改善し、民主化のため努力を重ねた。

(二) 組合は、同年五月末から六月末にかけて夏季手当要求闘争を行つたが、その際、被申請会社が予定されていた団体交渉を当日になつて拒否したので、組合大会を開いてこれに抗議した。このような組合の抗議行動は、申請人が委員長に就任する以前においては、行われたことがなかつた。その後、被申請会社は、申請人を含め組合役員を饗応して懐柔を試みたことがあつた。

(三) 組合が同年の夏季休暇につき被申請会社と交渉中、同年七月下旬、被申請会社が、従業員に三日間連続の夏季休暇を認める代りに、従業員は次週の日曜日に振替出勤するとの案を立てたので、申請人は、これを不満とする組合員の意見を代表して、労使協議会の席上、被申請会社専務取締役南山育長に対し、日曜日の振替出勤に反対する旨を申し入れたところ、南山専務は、「夏季休暇は被申請会社が従業員に恩恵的に与えるものである。組合は組合員の意見を代表していない。」と、憤慨の情を示して、申請人の申入を拒否した。そして、労使協議会では、夏季休暇の振替出勤について労使の意見が一致しなかつたのに、南山専務は、組合を無視して、翌日の朝礼の際従業員全員に対し、被申請会社の案を一方的に説明するという態度に出た。

(四) また、申請人は、執行委員長在任中、戸田製作所の塗装部門の職場要求として、吹付手当の平等支給、シヤワー又は風呂の設置、定期健康診断の実施、防毒マスクの全員への配布の外、数項目を提示して、被申請会社と交渉したが、それまで、組合が職場要求を提示して、被申請会社と交渉したことはなかつた。

(五) 被申請会社は、組合活動に熱心な申請人をこれから遠ざけるため、同年九月、申請人に対し、組合組織のない被申請会社の横浜出張所に転勤することを勧めたが、申請人はこれを拒否した。

(六) 戸田製作所の塗装部門に新設されたコンベア・システムによる吹付塗装の作業は、全身に塗料を浴びるため、衛生に悪く、長時間極端に不自然な姿勢をとるため、疲労が激しかつたので、これに従事する従業員の作業に対する不満は大きく、上司との衝突もみられた(それ故に申請人は前記(四)のような職場要求を提示して、被申請会社と交渉したのであつた。)そこで、被申請会社は、申請人を他の組合員と反目させ、組合活動から遠ざけることによつて、組合を弱体化する目的で、申請人を、準職員に昇格させ、従業員の不満の対象となつている前記作業の計画を作成する現場日程係に昇任させることとし、組合の賃上げ要求の団体交渉の行われる直前である昭和三六年四月一〇日、「準職員を命ずる」旨の辞令を申請人に交付し、現場日程係への昇任を命じた。申請人は、執行委員長の地位にある以上、本件昇格等の発令に従うことは、後記のように、一般組合員から誤解を招き、また、組合活動の障害となると考えて、本件昇格等を辞退したところ、被申請会社は、これを理由に、本件解雇に及んだのである。

(七) 以上のとおり、被申請会社は、申請人が執行委員長就任以来、活発に組合活動を行うことを嫌悪し、申請人を饗応、配転などの方法により組合から隔離し、その組合活動を封ずることを企てたが、いずれもその目的を達しなかつたので、申請人が本件昇格等の発令に従わなかつたことを口実に、申請人を企業外へ放逐するため、本件解雇に及んだのであるから、本件解雇は、不当労働行為として、無効である。

2  仮にしからずとするも、本件解雇は、就業規則の適用を誤つたものであつて、権利の濫用として、無効である。すなわち、懲戒解雇はもとより、普通解雇であつても、その解雇理由は、客観的妥当性を有することが必要である。本件において、申請人が本件昇格等を辞退しても、それにより、被申請会社の職務秩序が乱され又は事業経営に支障をきたすものとは認められないし、また、申請人は、本件昇格等の発令に従うときは、執行委員長なるが故に被申請会社から優遇されるとの誤解を一般組合員に与えることを憂慮し、更に、準職員及び現場日程係としての立場上、執行委員長でありながら組合活動を十分に行い得なくなることを懸念したため、本件昇格等を辞退したのであつて、他意があつたわけではない。現に、申請人は、本件昇格等を辞退する際、被申請会社に対し、現在は執行委員長として苦しい立場にあるが、来期は執行委員長に就任するつもりはないから、昇任、昇格は次の機会に考慮して欲しいと申入れたほどである。また、本件のように、従業員が昇格を辞退した例が二、三あるが、解雇された者は一人もいなかつた。以上の事実によれば、本件昇格等の辞退は、前掲就業規則の規定による各解雇事由としては、客観的妥当性を欠くものというべく、従つて、本件解雇は、就業規則の適用を誤つたものであつて、権利の濫用として、無効である。

三、以上の理由により、本件解雇は無効であるから、申請人は被申請会社に対し、いぜん雇傭契約上の権利を有することは明らかである。しかるに、被申請会社はこれを否定し、申請人に賃金の支払をしないため、右賃金を生活の資としてきた申請人は、生活に困窮し、その被る損害は、本案の勝訴判決の確定を待つては、とうてい回復することができない。申請人の本件解雇当時の賃金は、一箇月金二〇、六三六円であり、その支払日は毎翌月五日である。そこで、申請人は被申請会社に対し、雇傭契約上の権利を有することを仮に定め、且つ昭和三六年六月分以降毎翌月五日限り一箇月金二〇、六三六円の割合による賃金の支払を求めるため、本件申請に及んだ。

第三、被申請会社の答弁及び主張

一、答弁

申請の理由一の事実は認める。同二の1の(一)の事実のうち、申請人が組合に加入し、執行委員長に選出されたこと(但し、選出の時期は昭和三五年五月一一日である。)は認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実は否認する。被申請会社は、長期にわたる団体交渉が妥結した後、相互慰労の目的で、組合役員と会食したことがあるに過ぎない。同(三)の事実は否認する。夏季休暇に関する会社案の趣旨が組合員に誤解されていたので、南山専務が申請人ら組合役員の了承を得て、朝礼の際、全従業員に、会社案の趣旨を説明したのである。結局、会社案は、組合の了解を得て、実施された。同(四)の事実は否認する。当時、定期健康診断及び防毒マスクの配布は既に実施されており、その他の事項も、かねてから、労使の職場懇談会などで取り上げられ、検討中であつた。同(五)の事実のうち、被申請会社が、申請人に対し横浜出張所に転勤するよう勧めたことは認めるが、その余の事実は否認する。横浜出張所は、販売品のアフターサービス業務を行うため、新設されたもので、南山専務が、申請人の通勤上の利便等を考慮して、好意的に、申請人に転勤の意向があるかどうかを尋ねたのである。同(六)の事実のうち、被申請会社が申請人に昇格の辞令を交付し、現場日程係を命じたところ(但し、その日時は、昭和三六年四月一八日である。)、申請人がこれを辞退したこと、このため、被申請会社が本件解雇をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(七)の事実は否認する。同2の事実は否認する。同三の事実のうち、申請人の本件解雇当時の賃金及びその支払日がその主張どおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件昇格等の発令の経緯

戸田製作所では、機械工程、サブ組立工程、塗装工程、完成組立工程の順で、流れ作業方式によつて生産を行つてきたが、塗装工程の設備に欠陥があつたため、所期の成果が上らなかつた。そこで、被申請会社は、塗装工程の従来の床上コンベア・システムを宙吊りコンベア・システムに改め、これに関連する諸設備を改良した。しかし、塗装部門では、その改良にもかかわらず、作業日程の細部に実情に即しない点があつたため、従業員に過重な負担をかけ、作業は停滞し、いぜんとして所期の成果が得られなかつた。そこで、被申請会社は、塗装部門に有能な現場日程係をおき、これによつて、従業員の能力に応じた無理のない作業の計画、すなわち作業日程を作成させ、作業の停滞を防ぐという方針を立てた。そして、被申請会社は、申請人をその適任者と認めて、申請人に現場日程係を命じ、そのために、申請人を工員から準職員に昇格させることに内定した。被申請会社が申請人に現場日程係を命じたのは、申請人が、学歴者の少ない塗装部門では、旧制専門学校を卒業し、教職員として人を指導する経験を有する者であつたこと、塗装部門の経験が長く、宙吊りコンベア・システムに対する知識も豊富で、従業員の能力等を知悉していたこと、塗装部門では、年令、給与の点から、班長に次ぐ序列であつたこと、また、従来、労使間で開かれる懇談会の席上で、塗装部門の工程管理について、建設的な意見を述べ、被申請会社の幹部から嘱目されていたことなどの点からみて、申請人を最適任者と認めたからであつて、申請人主張のように、申請人と一般組合員との反目を企図したものではない。このことは、申請人と同時に昇格を発令された一〇三名の従業員のうちに組合役員の全員が含まれていたことによつても、明らかである。

三、本件解雇の経緯及び理由

被申請会社は、昭和三六年四月一日附で本件昇格等を発令したところ、申請人がこれに従えない旨申し出たので、再三、申請人に対し翻意を促したが、申請人の応ずるところとならなかつたため、企業秩序の維持又は事業運営の必要上本件解雇に及んだものである。その経緯は次のとおりである。被申請会社は、定期昇任、昇格の時期である昭和三六年四月一日附で申請人の本件昇格等を発令することを予定し、南山専務が同年二月頃申請人にこれを内示したが、申請人は特に辞退する態度を示さなかつた。そこで、南山専務は、同年四月一八日、申請人に対し、本件昇格等の発令を伝え、準職員を命ずる旨の同月一日附の辞令を交付した。これに対し、申請人は、いつたんこの辞令を受理したが、翌一九日、組合役員なるが故に優遇されるとの誤解を組合員に与える虞れがあるという理由で、本件昇格等を辞退する旨を申し出て、辞令を返却した。そこで、南山専務は、同月二一日頃から申請人に対し、本件昇格等を発令するに至つた経緯を説明し、翻意を求めたが、申請人は応じなかつた。被申請会社は、同月二四日、組合役員一二、三名に対し、本件昇格等の問題について意見を求めたところ、本件昇格等を批判する声はなく、本件昇格等の発令に従うべきであるとの意見が出たので、次のように説得して、重ねて、申請人の翻意を促した。

(イ)  従業員の昇任、昇格は、被申請会社において、十分な資料と根拠に基いて、慎重に検討の上、社長の決裁を経て、発令されるものであり、元来、当該従業員の同意を必要とする事項ではないこと。

(ロ)  申請人が本件昇格等の発令に従わないことは、戸田製作所内で周知の事実となり、その理由も、申請人の主観的、独断的判断に基づくものであつて、組合内部ですらこれに同調する者がいなかつたほどであるから、被申請会社が本件昇格等の発令を撤回すれば、被申請会社の人事権の権威を失墜し、将来人事管理、職場秩序の維持が困難となること。

(ハ)  被申請会社が本件昇格等の発令を撤回すれば、戸田製作所が、本社から人事管理能力が疑われ、本社に対し人事上の申達に関する信用を失うに至ること。

(ニ)  被申請会社が本件昇格等の発令を撤回すれば、組合役員は、組合役員なるが故に、昇格、昇任をさせないとの悪例を残すこととなり、将来、組合から不利益待遇であるとの非難を受ける虞があること。

(ホ)  申請人が従業員として本件昇格等の発令に従わないことは、職務命令に反抗し、企業秩序を乱すことになるのであるから、被申請会社は、申請人が翻意しない以上、就業規則に照らし、重大な決意をせざるを得ないこと。

しかし、遂に申請人は翻意しなかつた。ところで、被申請会社の就業規則第五七条は、「従業員が左の各号の一に該当する場合はこれを懲戒する。四、職務上、服務上の指示命令に従わないため会社の秩序を紊したとき(その他の各号は省略。)」と、規定し、同五八条は、「懲戒は行為の軽重に従つて左によつて処分する。五、懲戒解雇(その他の各号は省略。)」と、規定しているが、前記(イ)ないし(ニ)の諸事情を考慮すれば、本件昇格等の発令に従わない申請人は、就業規則第五七条第四号の懲戒事由に該当し、且つ、その情状に照らし、同第五八条第五号の懲戒解雇に値するものというべきである。そこで、被申請会社は、同月二四日、申請人に対し任意退職を勧告したところ、同月二六日、申請人からその意のないことが明らかにされたので、同日、就業規則第五七条第四号、第五八条第五号により、第一次解雇(懲戒解雇の意思表示)をした。

仮に、第一次解雇が理由がないとしても、被申請会社は、同年五月一五日、申請人に対し、第二次解雇(普通解雇の意思表示)をした。すなわち、就業規則第二三条は、「左の各号の一に該当する場合は解雇する。九、已むを得ない事業経営上の必要があるとき(他の各号は省略)。」と、規定している。被申請会社が本件昇格等の発令に従わなかつた申請人との雇傭を継続すれば、社内秩序の維持、事業の遂行に著しい支障をきたすことは、既に述べたところによつて、明らかであるから、申請人は、就業規則第二三条第九号の解雇事由に該当するものといわなければならない。そこで、被申請会社は、同年五月一五日、右規定により、第二次解雇をした。従つて、申請人は、第一次又は第二次解雇のいずれかにより、被申請会社の従業員たる地位を失つたものである。

四、仮処分の必要性について

申請人は肩書住所地において、妻名義で、「ビアンカ」なる商号により、常時四名の洋裁師を雇傭して洋裁店を経営しており、その営業成績も良好であつて、その収入により、自己及び妻の生活は十分に維持できる実情である。従つて、本件仮処分申請は、その必要性を欠くものといわなければならない。

第四、申請人の答弁及び反論

一、第三の二の事実は否認する。同三の事実のうち、被申請会社が本件昇格等を発令したが、申請人がこれに従わなかつたこと、被申請会社が本件昇格等の問題に関し、組合役員の意見を求めたこと、被申請会社が申請人に対し任意退職の勧告をし、申請人がこれを拒んだこと、被申請会社がその主張の就業規則の規定により第一次及び第二次解雇の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、同四の事実は否認する。ただ、申請人の妻が、内職として申請人の肩書住所地の自宅(借家)で、婦人服の洋裁店「ビアンカ」を開いているが、電話さえない零細な経営で、洋裁師を雇つたことはなく、若い女性が技術見習として一、二名来ているに過ぎない。その収入は毎月一、二万円程度であり、しかも一定していないため、とうてい、これによつて、借家住いの申請人夫妻の生活を維持することはできない実状である。

第五、疎明<省略>

理由

一、(本件雇傭)

申請人が、昭和三四年四月、ステンレス製家庭炊事用具等の製造販売を業とする被申請会社に雇傭され、塗装工として、同社戸田製作所の塗装部門(第一製造部第二工作課第一一班)に勤務し、養成工としての試傭期間を経て、同年一一月工員(証人南山育長の証言によると、被申請会社では、試傭期間を経た従業員の身分を工員、準職員及び職員の三種に分けている。)となつたことは、当事者間に争がない。

二、(本件解雇とその経緯)

申請人が、被申請会社から、昭和三六年四月二六日、申請人が(申請人を工員から準職員に昇格し、現場日程係に昇任するとの)本件昇格等の発令に従わなかつたことを理由に、第一次解雇(就業規則第五七条第四号、第五八条第五号による懲戒解雇の意思表示)を受け、更に、同年五月一五日、同じ理由で、第二次解雇(就業規則第二三条第九号による普通解雇の意思表示)を受けたことは、当事者間に争がない。

ところで、当事者間に争のない事実に、成立に争のない甲第三号証、第五号証の二、乙第三号証、第九号証、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、証人畔上正雄、同安藤美延、同鈴木一郎、同南山育長、同伊藤武、同佐々木顕、同大山好通、同石井芳郎、同井沢正生の証言及び申請人本人尋問の結果を総合すると、本件解雇の経緯として、次のような事実が認められる。

1  申請人は昭和三四年一一月工員になると同時に組合に加入したが、当時、組合員の組合意識は低く、組合活動は不活発で、組合大会も余り開かれず、組合が被申請会社に対し労働条件に関する要求をした事例さえ少かつた。昭和三五年五月執行委員長に就任した申請人は、組合のこのような低調な状態を打破する必要を痛感した。同年五月末から六月末にかけて、組合は被申請会社と夏季一時金交渉を行つたが、その際被申請会社は、予め約束されていた同年六月二七日の団体交渉に出席しないで、一方的に、書面で最終的な回答を通告してきたので、同月二九日、申請人は、組合大会を招集した上、被申請会社に強く抗議したが、組合として、このような抗議行動に出たことは、かつて、なかつた。また、その直後、被申請会社が、従業員に同年八月中三日間連続の休暇を与える代りに、従業員が次週の日曜日に振替出勤するとの夏季休暇案を立てたところ、組合員が日曜日の振替出勤に反対したので、申請人は、労使協議会の席上、南山専務に対し、これにつき組合の反対意見を表明して、協議することを申入れた。更に、申請人は、執行委員長在任中、後記のように、戸田製作所の塗装工程の設備が宙吊りコンベア・システムに改められ、その結果、従業員の塗装作業がむづかしくなり、また、従業員が作業中塗料を浴びる状態になつたので、組合員の職場要求として、被申請会社に対し、作業衣、防毒マスクの配布等を交渉した。この外、申請人は、必要に応じて、度々組合大会や団体交渉経過報告会を開き、賃上要求の際は、各組合員からアンケートをとつて、生活の実状を調査し、また、組合の機関紙を発行するなどして、組合員との連絡を緊密にし、その組合意識の向上に努めた。

2  被申請会社は、ステンレス製家庭炊事用具の生産を向上させるため、昭和三四年一月頃、戸田製作所を新設し、板金加工、中間組立、塗装、最終組立の各工程の順で、一貫作業を行う設備を設けて、操業を開始した。しかし、塗装工程の設備として採用した床上コンベア・システムは欠陥があつて、同工程の作業能率が悪く、このため、戸田製作所全体の所期の生産目標を達成することはできなかつた。被申請会社は、昭和三五年一〇月頃、同工程の設備を製品を宙吊りのまま動かし、これに吹付塗装する宙吊りコンベア・システムに改良したが、現場における毎日の作業計画(現場日程)を立てず、無計画に前工程から製品を引継いで作業していたため、従業員がコンベアの速度に応じた作業をすることができず、不良品が出るなどして、いぜん戸田製作所では塗装工程が隘路となつて所期の成果を上げることはできなかつた。被申請会社は、昭和三六年二月頃、戸田製作所における生産の隘路を打開するため、塗装部門に現場日程係をおき(それまでに、現場日程係がおかれていなかつたのは、同部門だけであつた。)、同係をして、本社から指示される生産計画に基き、戸田製作所全体の作業計画(総合日程)を立てていた同製作所計画部と連絡の上、各従業員の作業能力とコンベアの速度を調整し、残業予定を組むなどして、現場における毎日の作業計画(現場日程)を立てさせると共に、その実施のため、たえず作業の進行状況を把握させ、その督励にも当らせることにした。

現場日程係は、その職責上、相当の学歴、技術、経験を有し、各従業員の作業能力を常に適確に把握し得る者でなければならなかつたが、被申請会社は、申請人が国立函館水産専門学校卒業の学歴を有し、研究熱心で、南山専務、桐谷第一製造部長、米山同部次長ら出席の下に開かれる従業員の塗装研究会の席上でも、しばしば有益な発言をし、また、従業員の間で人望もあつたところから、申請人を現場日程係の適任者と考えたので、申請人を工員から準職員に昇格させて、現場日程係に昇任させることに内定し、同月一〇日頃から機会あるごとに、南山専務から申請人の意向を打診したところ、申請人は、特に、現場日程係を辞退する態度を示さなかつた。そこで被申請会社は、定期の昇格、昇任、昇給の時期である同年四月一日附をもつて、申請人に対し本件昇格等を発令し(同日附で昇格を発令されたものは一〇三名で、うち組合の執行委員が数名含まれていた。)、同月一八日、南山専務が申請人に対し、準職員に任ずる旨の本件昇格の辞令を交付すると共に、口頭で、現場日程係を命ずる旨を伝えた。

3  一方、塗装部門の従業員は、宙吊りコンベア・システムによる設備では、コンベアの速度が速い上、製品が宙で動揺し、しかも、従業員の作業姿勢が中腰となるため、作業がむずかしく、また、作業中塗料を全身に浴びるので、被申請会社に対し、宙吊りコンベア・システムによる設備は労働強化をもたらすものとして、不満の念を持つていた。

4  申請人は、南山専務から本件昇格の辞令をいつたん受領したが、前記のように、塗装部門が労働強化の職場として、従業員の不満の対象となつており、このような職場で、申請人が、現場日程係として、被申請会社の生産計画に基づいて現場における作業計画(現場日程)を立て、その実施上作業の督励に当たることは、従業員の労働強化を強いる結果となり、執行委員長としての立場と矛盾するのではないかと懸念し、また、工員となつてから一年数箇月程度の申請人が準職員に昇格し、現場日程係に昇任することは、申請人が執行委員長なるが故に、被申請会社から優遇されるとの誤解を一般組合員に与え、組合運動に障害をもたらすのではないかと憂慮し、本件昇格等の発令に従うべきかどうか迷つた。そして、伊藤執行委員に意見を求めたところ、同人も申請人が本件昇格等の発令に従うときは、組合員の誤解を招くものであると述べたので、申請人はこれを辞退することを決意し、翌一九日、戸田製作所長大山好通に対し、本件昇格等の辞退を申し出て、辞令を返却した。その際、申請人は、辞退の理由を記載した書面を同所長に提出したが、辞退の理由として塗装部門の労働強化うんぬんのことを表面に出すことは適当でないと考え、右書面には、組合員に誤解を与える虞があるから、今回は本件昇格等を辞退するが、執行委員長を退任した後に、昇格等を考慮してほしいと記載した。同月二一日、申請人は、南山専務と大山所長から直接本件昇格等の辞退の理由を尋ねられたので、前記書面に記載したのと同様の趣旨を述べ、なお、組合役員の改選が翌五月に行われるが、自分は今期限りで執行委員長をやめるつもりでいるから、執行委員長の任期満了後に改めて昇格等を考慮してほしいと述べたところ、南山専務は、申請人に対し、現場日程係の重要性を説いた上、従業員の昇格等は十分検討の上で、発令されるものであり、従業員の辞退によつて、これを撤回することは、人事管理上支障があること、組合役員でも、申請人と同時になされた昇格の発令に従つているから、申請人の述べるところは、本件昇格等を辞退する正当な理由とは認められないこと、申請人が本件昇格等を辞退することは、将来組合役員は組合役員なるが故に昇格等をさせないとの悪例を残すことになること、申請人が本件昇格等の発令に従つても、執行委員長としての職務遂行に支障が及ぶものとは思われないこと、従つて、被申請会社としては、本件昇格等の発令を撤回することはできないことなどを明らかにして、本件昇格等の発令に従うよう説得したが、申請人は翻意しなかつた。更に、南山専務は、同年四月二四日、再度申請人を説得したが、なお申請人の翻意を得られなかつたので、事例研究会を開き、組合の執行委員を集めて、組合員の誤解を招くとの申請人の辞退理由について、意見を求めたところ、執行委員の中に申請人の辞退理由には同調できない、本件昇格等は被申請会社の好意として受けるべきであると答えた者があつた。そこで、被申請会社は、申請人が本件昇格等の発令に従わないことは、南山専務が申請人の翻意を求めて、説明した諸般の事情に照し、被申請会社の従業員に対する懲戒事由を定めた就業規則第五七条第四号の「職務上、服務上の指示命令に従わないため会社の秩序を紊したとき」に該当し、懲戒処分の種類を定めた就業規則第五八条第五号の「懲戒解雇」に相当するものと判断した。

大山所長は、被申請会社の決定に基づき、申請人に対し、最後の説得を試みたが、いぜん申請人が翻意しなかつたので、申請人に対し、任意退職を勧告した後、もしこれに応じなければ、懲戒解雇に処せられると伝えた。申請人は、組合にはかつて態度を決めると返答した。翌二五日、組合は、申請人も出席した執行委員会で討議した結果、申請人としては、任意退職の勧告は拒否すべきであるが、解雇以外の懲戒処分ならば受けてもやむを得ないとの結論に達し、この旨を被申請会社に伝えたところ、翌二六日、被申請会社は、申請人に対し、就業規則第五七条第四号、第五八条第五号による第一次解雇の意思表示をした。その後、右懲戒解雇により申請人が被る不利益を配慮した後被申請会社は、申請人が本件昇格等の発令に従わないことは、第一次解雇につき考慮したと同じ諸般の事情から、普通解雇事由を定めた就業規則第二三条第九号の「已むを得ない事業経営上の必要があるとき」に該当するものと判断し、同年五月一五日、申請人に対し、右規定による第二次解雇の意思表示をした。

本件解雇の経緯として以上のような事実が認められる。証人南山育長、同伊藤武、同大山好通、同井沢正生、同鈴木一郎の証言及び申請人本人尋問の結果中、以上の認定に反する部分は採用しない。

三、(本件解雇の効力)

そこで、本件解雇が無効であるかどうかについて、判断する。

1  (第一次解雇の効力)

被申請会社が本件昇格等を発令したのは、前認定のように、戸田製作所の生産目標達成の隘路となつていた塗装工程の能率を上げるため、同部門に新たに現場日程係をおくこととし、学歴、研究心、人望等を考慮して、申請人をその適任者と認めたためであつて、申請人主張のように、被申請会社が申請人を他の組合員と反目させるなど、反組合的意図に出たものと認めるに足りる疎明はない。従つて、申請人は、被申請会社の従業員として、本件昇格等の発令に従うべきであつたのに、これを固辞し、被申請会社の再三の説得にかかわらず、最後まで翻意しなかつたことは、被申請会社の人事管理を妨げ、その秩序を乱すものとして、被申請会社の従業員に対する懲戒事由を定めた就業規則第五七条第四号の「職務上、服務上の指示命令に従わないため会社の秩序を紊したとき」に該当するものといわなければならない。

しかし、それだからといつて、直ちに、申請人が懲戒解雇に値するものと即断することは許されない。就業規則第五八条は、「懲戒は行為の軽重に従つて左によつて処分する。一、譴責、二、減給、三、出勤停止、四、格下げ、五、懲戒解雇」と、規定し、軽重五段階の懲戒処分を定めているが、このような場合、懲戒解雇は、その非行の動機、態様が悪質で、その情状を酌量する余地がなく、当該従業員を企業から排除しなければ、企業秩序の維持が困難であると認められるときに限り、許されるものと解するのが相当である。ところで、本件懲戒事由に該当する申請人の行為の軽重を考えると、申請人が本件昇格等の発令に従わなかつた理由は、宙吊りコンベア・システムによる塗装工程の設備が、労働強化をもたらすものとして、従業員の不満の対象となつていた戸田製作所の塗装部門において、申請人が、現場日程係として、その職責上、被申請会社の生産計画に基づいて現場における作業計画(作業日程)を立て、且つ、これを実施するため、作業の督励に当ることは、従業員に対する労働強化に加担することとなり、そのことが執行委員長としての立場と矛盾するのではないかと懸念し、また、工員となつてから一年数箇月程度に過ぎない申請人が準職員に昇格し、現場日程係に昇任することは、執行委員長なるが故に、被申請会社から優遇され、それが組合運動に障害を与えるのではないかと憂慮したことにあることは、既に認定したとおりてある。ところで、現場日程係の職責を遂行することが直ちに従業員に対する労働強化に加担する結果になると認めるべき疎明はなく、また、本件昇格等は、申請人が被申請会社から、それ相当の理由によつて、その適任者と認められたためであつて、単に、執行委員長なるが故に、優遇されるためでなかつたことは明らかであるとはいえ、申請人が前記のように、懸念、憂慮し、それ故に、本件昇格等の発令に従わなかつたのは、労働者の労働条件の改善と経済的地位の向上を目的とする労働組合の役員として、特に、既に認定したように、諸種の組合活動を通じ、組合員の組合意識の向上に努力し、労働条件の改善に尽力してきた執行委員長として、決して無理からぬものがあり、被申請会社としても、この申請人の立場と心情とは十分にこれを酌むべきであつたといわなければならない。しかも、既に認定したように、申請人は、本件昇格等を辞退するに当り、被申請会社に対し、書面及び口頭で、本件昇格等は組合員に誤解を与える虞があるから、今回は辞退するが、翌月執行委員長の任期が満了するので、退任した後に、改めて昇格等を考慮してほしいと申し入れているのであるから、申請人は、いたずらに、本件昇格等の発令に反抗して、被申請会社の企業秩序を乱し、その運営を妨げようとしたものでなかつたことがうかがえるのである。更に、申請人が塗装部門における現場日程係の適任者であつたとはいえ、右現場日程係が余人をもつて代えることができない職務であり、当時、申請人以外にその適任者を得ることができなかつたものと認めるべき疎明もなく(この点に関する証人南山育長の証言は採用しない。)、また、申請人が本件昇格等の発令に従わなかつたことにより、塗装工程に著しい支障を招来したものと認めるべき疎明もない。かえつて、証人佐々木顕及び同井沢正生の証言によれば、申請人に対する第一次解雇の直後、戸田製作所第一製造部第二工作課工作係長佐々木顕が塗装部門(同課第一一班)の現場日程係を兼任し、昭和三六年一二月から同部門の井沢正生がその専任となつて、その職務に当り、その結果、塗装部門における作業上の欠陥が是正され、作業能率が向上していることが認められる。

なお、被申請会社は、第一次解雇のやむを得なかつた事情として、被申請会社としては、本件昇格等の発令を撤回できなかつたことを強調し、その理由を挙げているので、これに言及する。まず、被申請会社は、申請人の本件昇格等の発令に従わないことは、戸田製作所内の周知の事実であり、その理由も、同人の主観的、独断的判断に基づくもので、正当な理由とは認められず、組合内部の者ですら同調するものがいなかつたほどであるから、発令を撤回すれば、被申請会社の人事権の権威が失墜し、将来の人事管理が困難になると主張するのである。

南山専務が、組合の執行委員を集めて、本件昇格等は一般組合員の誤解を招くとの申請人の辞退理由について、意見を求めたところ、執行委員の中に、申請人の辞退理由には同調することができない、本件昇格等は被申請会社の好意として受けるべきであると答えた者があつたことは、既に認定したとおりである。しかし、申請人本人尋問の結果によると、集まつた十二、三名の執行委員は、南山専務の督促にもかかわらず、容易に意見を述べようとしなかつたが、同席した大山所長が指名して発言を求めた結果、はじめて二、三名の執行委員が前記のような意見を述べたのであつて、その他の執行委員は黙していたことが認められるし、また、既に認定したように、申請人が、本件昇格の辞令を返却する前に、伊藤執行委員に意見を求めた際、同委員は、申請人の前記辞退理由と同趣旨の意見を述べたことがあるのであるから、組合内部の者すべてが申請人の辞退理由に同調しなかつたものとは認められない。仮に、これに同調する者がいなかつたとしても、申請人の本件昇格等の発令に従わなかつた理由は、その立場と心情において無理からぬところがあったのであつて、単に、同人の主観的、独断的判断に基づくものとして、これを非難排斥することはできない。のみならず、申請人は、被申請会社に対し、本件昇格等の発令の翌月に迫つた執行委員長の任期満了による退任以後は、昇格等の発令に従うとの意向を明らかにしていたのであるから、被申請会社は、本件昇格等の発令を撤回し、時期を待つて、申請人に対し右発令の手続をとることも、あながち不可能でなく、また、そのために、人事管理に著しい障害を生ずるものとは、本件疎明上認められない。従つて、たとい、申請人が本件昇格等の発令に従わないことが、戸田製作所内で周知の事実であつたとしても、被申請会社が本件昇格等の発令を撤回することにより、同会社の人事権の権威が失墜し、将来の人事管理が困難になるとはいえない。次に、被申請会社は、本件昇格等の発令を撤回すれば、戸田製作所が、本社から人事管理能力を疑われ、本社に対し人事上の申達に関する信用を失うと主張するのである。しかし、このようなことは、戸田製作所の当該幹部の被申請会社に対する責任問題であつて、被申請会社が申請人に対し本件昇格等の発令を撤回することを不可能とする合理的理由とはならない。更に、被申請会社は、被申請会社が本件昇格等の発令を撤回すれば、組合役員は、組合役員なるが故に、昇格、昇任をさせないとの悪例を残すこととなり、将来、組合から不利益待遇であるとの非難を受ける虞があると主張するのである。しかし、本件の場合は、被申請会社が、申請人が組合役員なるが故に、本件昇格等の発令をしなかつたり一たんした発令を撤回したり、したのとは異り、被申請会社がした本件昇格等の発令により「優遇」を受けるべき申請人が自ら辞退を申出たのであるから、その辞退の理由が、申請人が組合役員なるが故であつたとしても、被申請会社がその申出を容れ、本件昇格等の発令を撤回することが、被申請会社主張のような悪例を残し、将来組合から被申請会社主張のような非難を受ける虞があるとは、とうてい考えられない。以上のとおりで、被申請会社が本件昇格等の発令を撤回することができなかつたとする理由は、これを首肯するに足らず、他に、被申請会社があくまでこの発令を固執しなければならなかつた理由を見出すことができないのである。

以上諸般の点をかれこれ考慮するとき、被申請会社が、申請人に対し本件昇格等の発令に従うことのみを要求し、申請人がこれに従わないとみるや、あえて、懲戒処分として最も情状の重い非行に対して科せられるべき解雇をもつてのぞむことは、行為と懲戒との間に著しく軽重の均衡を失した処分といわざるを得ない。従つて、申請人が本件昇格等の発令に従わなかつたことを理由とする第一次解雇は、懲戒解雇に値しない申請人に対し就業規則の懲戒規定を不当に適用したものであつて、権利の濫用として、無効であるといわなければならない。

2  (第二次解雇の効力)

被申請会社の従業員に対する普通解雇事由を定めた就業規則第二三条第六号の「已むを得ない事業経営上の必要があるとき」とは、当該従業員を解雇しなければ、被申請会社の事業経営を遂行することができないほどの必要があるときと解すべきところ、本件昇格等の発令に従わなかつた申請人を解雇しなければ、被申請会社の事業経営を遂行することができなかつたほどの必要があつたと認めることができないことは、第一次解雇の効力につき述べたところによつて、既に明らかである。従つて、申請人が本件昇格等の発令に従わなかつたことを理由とする第二次解雇も、就業規則の普通解雇規定を不当に適用したものであつて、権利の濫用として、無効であるといわなければならない。

四、以上のとおり、不当労働行為の主張について判断するまでもなく、本件解雇は無効であるから、申請人と被申請会社との間にはいぜん雇傭関係が存続し、申請人は被申請会社に対し雇傭契約上の権利を有するものといわなければならない。ところで、成立に争いのない甲第六号証、証人大山好通の証言により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証の一ないし五及び申請人本人尋問の結果を総合すれば、申請人は、肩書地の借家に妻と共に居住し、本件解雇により被申請会社から賃金の支給を絶たれた後は、日雇労務者として、次いで、全国自動車運輸労働組合の臨時手伝として働いてきたが、それによる収入はきわめて僅かであり、申請人の妻は、右家屋で、小規模な洋裁店「ビアンカ」を経営しているが(洋裁師を雇い入れている疎明はない。)、その収入は年間金一五〇、〇〇〇円に過ぎず、申請人夫婦は、これらの収入によつては、その生計を維持することができず、生活に困窮していることが認められる。そして、申請人が本件解雇当時被申請会社から支給を受けていた賃金が一箇月金二〇、六三六円であり、その支払日が毎翌月五日であることは、当事者間に争いがないから、昭和三六年六月分以降、本案判決確定の日にいたるまで、毎翌月五日限り、一箇月につき金二〇、六三六円の割合による賃金の支払を求める仮処分の申請は、これを認容すべきである。なお、申請人は、その外に、「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。」との任意の履行に期待する仮処分命令を求めるのであるが、賃金請求に関して、右のような断行の仮処分を認容する以上、重ねて、任意の履行に期待する仮処分命令を発することは無意味であるし、また、本件疎明上、必ずしもその必要性があるものとは認め難いから、右仮処分命令の申請は、これを却下すべきである。

五、よつて、申請費用の負担につき、民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田豊 西岡悌次 松野嘉貞)

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